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せめぎあい 

久々の更新です。 お盆休み前と休み明けに納期が集中し、

残業、休日出勤のオンパレードです。

こんな日常に「けり」をつけたい。そんな想いが日ごとつのる毎日です。

朝起きて、同じ時間に出勤、ミーティング後作業開始、残業後帰宅。

遅い夕食のあとは、寝るだけ。 人生に意義を見出せなくなっている。

こんな単調な人生に、風穴を開けたい。

魂が「変化」を望んでいるのがはっきりとわかる。

と同時に変化を恐れている弱い自分が同居している。

勇気をもって一歩踏み出せば、正しい方向に導かれると確信している。

それに対し、≪理性≫が歯止めをかける。

(そんなことしてどうする、明日からどうやって食べていく。)

理性は、次の仕事での成功の兆しをさがすから。

そして、理性は自分の利益になることしか考えないから。

しかし、理性を超えたところに真実があり、理性を超越しなければ、
真の現実世界は見えてこない。
そう、これは内面での魂と理性のせめぎあい。

最終的には魂が勝利をおさめる為のイベントが起こるだろう。

サインを見落とさないように、ピュアな心を持ち続けよう。



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今しばらくお待ちください 

今日から、またまた残業に突入。

今日のところは、PM9:00の帰宅でしたが、

明日からは、もう少し遅くなりそうです。

おそらく、PM11:00過ぎになると思います。

しかも、しばらく続きそうです。

今以上に更新率が下がると思いますが、できる範囲で更新したいと思います。

たとえ、更新できなくても、時間の許す限り、多くの方のブログを

訪問していきたいと思っています。

週末か日曜日には更新できると思います。

ここしばらくは、今なすべきことに集中したいと思います。

相当厳しい工程状況を強いられていますが、

自分を信じ、仲間を信じきることができれば、必ずや道がひらけ
この難局を切り抜けることができると確信しています。

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災い転じて福となす 

日曜日に床屋へ散髪にいってきました。

もう、15年以上の付き合いなので、黙って座れば、いつもどうりカットしてくれます。

その日もイスに腰掛け、あとは暗黙の了解  のつもりだった。

開放感と安心感で自然と瞑想状態へ突入。異変に気がついたのはその直後。

バリカンの音に目を開けるも、時すでに遅し。

オヤジの野郎無断で後ろを刈り上げていやがる。

さらに、バリカンは後ろから両サイドへ。

オヤジにしてみれば、気を利かせて夏バージョンのつもりか。(爽やか

今更もっと長めにと言うわけにも行かず、任せるしかない。
(まな板の上の鯉の気分)

まっ、いいか、どうせ一ヶ月もすれば又伸びるんだから。

ところが、仕上がって見るとこれが以外と似合ってる。

写真でお見せできないのが残念。(お見せできるような代物でもございませんが)

さすがオヤジ、熟練の技、とほめてやりたいところだがやめておこう。

オヤジのことだから、下手に褒めると次から次へと、新しいヘアースタイルを

試してくるに違いない。

次からは、オヤジの手順を確認してから、瞑想にはいることにします。
 


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三連休確定の青ランプ! 

明日から三連休。

うちの会社では珍しいこと。(完全週休二日制のところが羨ましい)

明日からの予定を考えるか。?

いや、やめておこう。(明日のことは明日考えるとするか)

とりあえず、朝、自然に目が覚めるまで寝ていよう。

そして、目が覚めてから、ゆっくりと考えるとするか。

プレッシャーから開放されて思い切りのリラックスタイム。

と同時にものすごい睡魔。

したがって、今日はこれぐらいにして、深い眠りにつきたいと思います。

総ての人が、素晴しい夢をみられますように。<祈り

そして、さわやかな目覚めを迎えますように。

では、おやすみなさい。<zzz



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心をひらく 

最近、仕事中でも、暇さえあれば人間と自然とのかかわりについて、

想いをめぐらせています。

思えば、現代の人類は、科学の力によって、自然を制圧しコントロールしようとしています。

はたして、科学の方向性として、これで正しいのでしようか。

自然に対し、謙虚に、また敬意をもって接する事により、

彼らから、様々な情報を得られる可能性もあるのですから。

べつに科学や科学者を批判しているわけではありません。

今現在、科学技術の恩恵に充分与かっているわけですし、

いまさら、原始時代の生活に戻れるわけでもありません。

しかし、人類全体が総ての可能性に門戸をひらく事も必要なのでは?。

たとえば、植物や動物にも意思や感情があり自然破壊におびえている

と言うこと。そして、彼らも人間との共生を望んでいると言うこと。

私たち人間が心を開き彼らの声に耳をかたむけさえすれば、

様々な英知を授けてくれることも、可能性としては否定できません。

遥か太古の時代、シャーマンと呼ばれた人たちは、

自然界と交流し、神霊の力を借り雨をふらせ、風向きを変え、肉体や精神の

病さえ癒したと言われています。

現代に生きる我々も自然界、そして私たちの周りをとりまく世界と

交渉する能力を獲得することができれば、気象をコントールし、

豪雨や旱魃といった、異常気象さえも食い止める術を得られるかも

しれません。(自然災害に人間の想念が関係している可能性も?)

私たち人類は、利便性と引き換えに、もっと大切な何かを忘れ去ったのかもしれません。










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常識 

貴方にとって、常識とは?、

自分の、内なる常識と世間一般の常識が食い違っている場合、

貴方は、自分の常識を押し通す事ができますか。

その結果、世間からは好奇の目で見られ、エゴイスト扱いされることに、

耐えられますか?

以前このブログで、雑草について触れた事があります。

自分の中では、彼らも庭に咲くはなばなも、勿論人間も、同じ生命であり、

人間が勝手に区別しているだけなのではと。

したがって、なかなか庭の草を刈る気になれませんでしたが、

先日、今年二度目の草刈をしてしまいました。

世間の目に負けて、自分の常識をまげてしまったのです。

草を刈っている間中、心の中で、彼らに謝り続ける自分がいました。

ただ、人目につかない一角だけは、刈らずに、彼らの好き放題に

させておくつもりです。

草を刈っていて気づいたのですが、弱々しい花の茎を、まるで草が

支えているかの様に生えているところが数箇所あるのです。

勿論、その部分は、刈らずに残しておきました。

実は数年前から人知れず実行していることがあります。

それは、みちを歩いているとき、くさを踏まないように、

よけて歩いているのです。

またどうしても、草むらに分け入らなければならないときは、

心の中で、かれらに断ってから分け入るようにしています。

心の中での行為ですから、誰にもきずかれることもありません。

今、地球規模でいろんなんな問題が取りざたされています。

温暖化を含む環境問題、格差の問題など。

これらは、もう人間の理性だけでは解決できない段階まで来ているのではないでしょうか。

とりわけ、自然を人間の定めた法で律することなど、不可能なのですから。

これらの問題を解決する為には、スピリチュアルに目覚めた人たちによる、

スピリチュアルに根ざした方法でしか、解決できないように思います。


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目指せ三連休 

明日からまた新しい一週間が始まります。

午後6時、BSHiの平清盛が始まる頃には気分が沈みはじめ、

午後8時、NHKの平清盛を見ているときは、憂鬱全開。

朝、目が覚めると出勤。(考えただけでも眠るのが怖い)

今週末に三連休が控えているのが、せめてもの救い。

うちの場合、上層部の方針で三連休はめったになし。(理由は不明)

だから、この三連休は非常に貴重。

部下だけでも三連休させてやりたい。

その為には、今の仕事を水曜日までには仕上げないと、ちょっとヤバイ。

勿論、その為の段取りは組んである。部下にも指示済。首尾は上々。

あとはプランに沿って進めるだけ。(ISOの手順なんてどうでもいい)

特に、若い連中は連休と言う人参をぶら下げると俄然やる気をだす。

懸念材料は、上司が口を挟んでくること。

今までの経験から、間に合うか間に合わないか、きわどい場合には、

口出ししないはず。完全に間に合うと確信してから、あれこれ指図してくるはず。

手柄が欲しいのなら、いくらでもくれてやりましょう。

自分の場合、出世も、上からの評価もガンチュウになし。

もう、そろそろ方向転換を図るじきかも。

ようやく、自分のやりたいことが、見えてきたような気がします。

それは、自分を癒し、人をいやし、そして全世界をいやすこと。

(少し、おおげさですか?)

これから先の世の中、代替補完医療、ヒーリング等の必要性が、

確実に高まって行くと予想しています。

そして未来の医療も確実に変わって行くはずです。




 

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原因と結果 

私の知人で休日を利用して、ボランティアにいそしんでいるひとがいます。

その知人が先日、私にこんな愚痴を漏らしていました。

「俺は、貴重な休みをつぶしてまで世の為人の為に尽くしているのに、

なぜ良いことが続かない。」

「原因と結果の法則は、何処へ行ったんだ。」
知人のその一言で、私に重要なインスピレーションがもたらされました。

それは、結果に影響を及ぼすのは何かと言うことです。

もうお分かりですね。

そうです。結果に影響を与えるのは、何を選択したかではなく、

なぜそれを選択したのかと言う、理由の方なのです。

ひとつの例として、募金を取り上げてみましょう。

先の東日本大震災の後、コンビニをはじめ色んな場所に、

募金箱が設置されました。

ある人は、財布の中から、小銭を500円募金箱に入れたとします。

また、ある人は120円募金箱に入れたとします。

ここで先ほどの、原因の話に戻ります。

財布のなかが小銭だらけで重くてしょうがない。募金箱に入れて、

少し軽くしようとして500円入れるのと、この120円があれば、

のどの渇きを癒せるけれど、被災した人たちはもっと不自由な生活を、

強いられているはず。今の自分には、これしか出せないけれど、

すこしでも役立てて欲しい。そう思って募金するのでは、

得られる結果に、大きな差が出るのではないでしょうか。

人を思いやる気持ち。
これこそが、人類が絶滅の危機を乗り越えてここまで繁栄できた

大きな要因ではないでしょうか。

見返りを求めず、賞賛を求めず、奉仕する気持ち。

これをもち続けることができれば、与えた以上に多くの

物が得られるような気がします。
















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希望 

どうにもならない人生。

なぜ、自分だけこんな目にあわなければならないのか。

そんな想いを抱きながら、日々過ごしている方も、

おられると思います。

私にもそんな時期がありました。(今でも多少ありますが)

今まさに闇夜の真っ只中にいるかた、絶望のどん底にいる方にとっては、

愛をささやく甘い歌も、野に咲く可憐な花も、何の慰めにもならないでしょう。

周囲の楽しげな会話、笑い声さえも恨めしく思われることでしょう。

それでも、人間「 一筋の光明、かすかな希望 」に  

すがりつきたくなるものです。思いっきりすがりついて良いのです。

そもそも、何が良いことで、何が悪いことなのか、後々までわからないのが、

人生ではないでしょうか。

数ヶ月後、数年後、或いは数十年後になって、

「 この喜びを感じるために、あのときの、苦しさ、辛さがあったのか 」

そう思えるときが、必ずくるはずです。

そして、振り返ると、殆どの出来事が自分の人生にとって、プラスに作用しているはずです。

とは言っても、なかなか変われないのが人間ですよね。

しかし、自分を変える決断ができるのは、自分しかいないと言うことも事実です。

時には、じっと動かず、嵐が過ぎ去るのを待ち、時には、現状を打開するために、

自ら行動し、来るべき変化の時期に備え、魂にスタミナをつけることに、

共に専念していきましょう。










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祈ること 

人は誰でも、一度や二度は祈ったことがあると思います。

宝くじを買った時だけ、神棚にお供えし「どうぞ、当たりますように」
受験生であれば「志望校に合格できますように」
また「ステキな彼氏(彼女)が出来ますように」
普段まったく祈らない人でも一度位は祈ったことがあるはずです。

多くの場合、「 窮地 」 におちいった時に祈ることが殆どでは?

人類は、はるか太古の昔から祈りをささげてきました。

今現在の宗教が派生する以前から、祈りをささげてきたのです。

そして、総ての祈りには、「 答え 」 があります。

神、宇宙、大いなるもの、なんと呼ぼうがかまいませんが、

祈りに答えるのです。

しかし、時には答えが 「 NO 」 の時も。

それでも、ひとは、祈らずにはいられない時があります。

アメリカでは一流と言われる大学が、専門の学部を設けて、

祈りの効果についての研究を行っていると聞きます。

遙か太古から行われてきた、「 祈る 」 と言う行為が、

今や最先端の研究材料になりつつあるのです。





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